感動するこころ・楽しむこころを大切に、こころにうつったことを気ままに綴っています。
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深川散策①
2008年01月27日 (日) | 編集 |
深川七福神はめでたく満願となりました。

スタートがやや遅く、午後2時~4時位の間で踏破したので、脇目もふらず歩いた感があります。
帰りの新幹線の中でよくよく七福神本(例のお土産)を読み返すと、付近のいろいろな見どころが書いてありました。なのに・・・見てないし・・・
私たちが歩いたのはモデル道順とは違った通り方でした。

「ねえねえ、モデルコースではここを通ることになっているのにどうして通らなかったの?」
夫に尋ねました。
「だって、どっち通っても行けるし、こっちの方が道順としてまわりやすいし・・・」
・・・・道案内役があまりにも道を知りすぎています(笑)。

「この橋を渡らなきゃ○○が見れないのに・・・」
と、奥様やや不完全燃焼。
「よし!来週は深川周辺を洗い直しだっっっ(刑事モノ見すぎ)」

というわけで、再び深川方面に出没したのでした(よくやる~)。

fukagawa1.jpgfukagawa2.jpg
・・・のっけからお墓になっちゃいましたが、こちら、間宮林蔵のお墓です。

間宮林蔵(1780-1844) は、それまで半島だと思われていた樺太(サハリン)が島であることを発見しました。林蔵が発見したことにより、その名前が世界地図に載ることとなります(間宮海峡)。
機械もなく、車も飛行機もないころ、まだ日本人がだれも行ったことがない・・・どころか、探検地のほとんどは日本領ではなくどちらかといえば清国の支配地所へ行くのですから、林蔵の探検は命がけの仕事であったことでしょう。

間宮林蔵と私の思い出は・・・(知り合いみたい)

子供の頃「ナントカ偉人伝」(題名忘れた)とかいうアニメを見ていたとき、間宮林蔵の回がありました。
わずか15分程度の短編アニメが妙に心に残っています。
小さな木舟で漕ぎ出し樺太探検に出掛けた林蔵は、何度も冷たい嵐に遭い、もうだめだ・・・と死を覚悟します。
そのとき、テカーッと朝陽が差し込み、小舟は海峡を通り抜けたのです。
そこで林蔵は叫びます。
「やった~!やっぱり、やっぱり樺太は島だったんだ~~~」
と。
朝陽に輝く林蔵のシルエットは長いこと私の記憶にとどまったのでした。


う~~ん、かっこいい。
さすがに世界地図に名を残す唯一の日本人です。
間宮林蔵の生涯や人柄には多説あり、私が思い描く冒険家&ヒーローばかりではないようです。

教育委員会的間宮林蔵解説・・・

間宮林蔵は安永9年(1870、一説安永4年)常陸国(茨城県)筑波郡上平柳村生まれ、天保15(1844)年に深川蛤町の家で没した。
名は倫栄(ともむね)といい、伊能忠敬に測量を学び、寛政12(1800)年に幕府の蝦夷地御用雇となり蝦夷(北海道)をはじめとする北地探検と測量に従事した。
文化5(1808)年、幕命により松田伝十郎とともに樺太(サハリン)を探検した林蔵は翌年7月2日単身樺太からシベリアへ渡って沿海州に入り、黒竜江(アム-ル川)をさかのぼりデレンに達した。この15ヶ月間におよぶ探検で樺太が島であることが明らかになった。
林蔵は後に間宮海峡と命名される海峡を欧州人にさきがけて発見したことにより、地理学者、探検家として世界的に有名となった。
(参:江東区教育委員会説明板)


なるほどなるほどこれは私のイメージ通り。

ちなみに私の知らない間宮林蔵は・・・

シーボルト事件の密告者?

シーボルト事件
1828年、シーボルトが帰国の際に、かなりの数の持ち出し禁止品((伊能忠敬の日本地図など)を高橋景保より入手し持ち出そうとしたことが発覚。シーボルトは国外追放のうえ再渡航禁止の処分を受け、景保は投獄され、門人ら多数が処罰された事件。

小学生向けの歴史読み物では、
「積み荷がバレたのは、シーボルトの乗った船が港で台風に遭い座礁したから・・・」
という解説。いかにも小学生向け。

一方で言われてきたのは、間宮林蔵が密告したから・・・という説(結構有力)。

林蔵は幕府の優秀な隠密であったといわれていて、シーボルト事件の後、隠密として薩摩藩の探索などにも活躍したとか。

シーボルトもロシアのスパイだったという説もあるので、諜報合戦を行う敵同士として密告したのではないか・・・・という考えです。


・・私は長いこと小学生向けの理由で納得していたなー。

この事件でシーボルトは国外追放になりましたが、ヨーロッパに帰ったシーボルトの手により樺太と大陸間の海峡は「間宮の瀬戸(間宮海峡)」として世界に伝えられることとなったので、地図に間宮林蔵の名前が載ったのはシーボルトのおかげ?・・・とも言えるかな。

いろいろなイメージをもつ間宮林蔵ですが、世界に名を残した偉人には違いありません。お参りさせていただきました。
石碑が東京「府」になっていることに歴史を感じました。

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小名木川にかかる萬年橋と芭蕉の句碑

小名木川は、もともと徳川家康が行徳(千葉県市川市)の塩を江戸に運ぶために掘らせた川でした。後に様々な物資の輸送に利用されたため、江戸幕府は河口の万年橋に船番所をおき、出入りする船を取り締りました。このため万年橋は元番所橋と呼ばれました。
橋の壁面には芭蕉の句があります。

fukagawa5.jpgfukagawa6.jpg
芭蕉稲荷神社と芭蕉庵史跡展望公園入口

芭蕉は37歳で日本橋から深川に移り住んだとき、草庵を「芭蕉庵」と呼び、俳号として「芭蕉」を使用するようになりました。『奥の細道』旅立ちまでの9年間深川に居を定めています。
芭蕉稲荷神社は、大正6年(1917年)の大津波で、もともとあった稲荷神社付近から芭蕉のものとみられる石蛙が見つかったことから、この地を芭蕉庵跡と推定し芭蕉稲荷としました。

芭蕉庵史跡展望公園の入口の木戸は、江戸っぽい演出かな?それとも「去来抄」の「此木戸や・・・」によるのかな。高等学校での古文の授業を思い出しました。
木戸を出てくるのはおばーちゃんとおじーちゃんばかりでしたが・・・。

「此木戸や」
此木戸や錠のさされて冬の月   其角
『猿蓑』撰の時、この句を書き送り、下を冬の月・霜の月、置き煩ひはべるよし聞こゆ。しかるに、初めは文字つまりて、柴戸と読めたり。
先師いはく、「角が、冬・霜に煩ふべき句にもあらず。」とて、冬の月と入集せり。
その後、大津より先師の文に、「柴戸にあらず、此木戸なり。かかる秀逸は一句も大切なれば、たとへ出板に及ぶとも、いそぎ改むべし。」となり。
(高等学校 古典教科書より)

(口語訳)
『猿蓑』に入れる句を撰んでいた時のこと、(江戸の其角が)この句を(京の撰者のもとへ)書き送り、下の句(五七五の最後の五)を「冬の月」にするか「霜の月」にするか決めかねて悩んでいますということを、(師である芭蕉に)申し上げてきた。ところが、初めは文字(「此」と「木」の間)が詰まっていて「柴の戸」と読めた。
芭蕉先生は、「其角ほどの者が『冬』にするか『霜』にするかを考え悩むような句ではない。」とおっしゃって、「冬の月」として『猿蓑』に入れた。
その後、大津から来た先生の手紙に、「『柴の戸』ではない、『此の木戸』である。こうした優れた作品は一句といえども大切であるから、たとえ出版になっていても急いで改めなさい。」ということであった。



fukagawa10.jpg
木戸をくぐり展望公園にあがると、芭蕉先生に会えます

fukagawa8.jpg
ここからの眺めはとても素晴らしいです

隅田川にかかるこの橋は清洲橋。
ドイツ・ケルン市に架けられたライン河の吊り橋をモデルにしているということで、ここからの眺めは「ケルンの眺め」と呼ばれています(参:東京七福神を歩く)
七福神巡りのときは萬年橋を通らなかったので、このケルンの眺めを見ることができませんでした。本を読んだら見たくて見たくて・・・・この景色を見ることが今回の大きな目的でした。

とても天気が良くて・・・良すぎて・・・私のウデでは逆光で上手く撮れない!!
ウデ不足に泣きました~~~。

fukagawa7.jpg
萬年橋から

fukagawa9.jpg
隅田川上流方向と新大橋

fukagawa11.jpg
隅田川の眺め・・・江戸の頃とはかわったのでしょうねぇ芭蕉先生・・・

fukagawa12.jpgfukagawa13.jpg
隅田川の水上バスがどんどんやってきます

船のわきに掲げられる横断幕にはクルーズのCM文句が書かれているのですが、そのひとつには、『ワンちゃんと一緒に船の旅ができます』っていうものがありました。
そういわれて目を凝らすとデッキにはワンちゃんを抱いた女の人の姿が・・・・。
ワンコと一緒に隅田川下りなんてシャレてますね。愛犬家のみなさま、いかがですか。
だけど、ニャンちゃん連れクルーズはだめなのかしら?
シャーフーになっちゃうから?

fukagawa14.jpg
深川にいながらケルンの眺めを楽しめるなんて・・・飛行機嫌いの私にはウレシイ話です(笑)

コメント
この記事へのコメント
初めての深川
こころさん、七福神のご利益、こちらにまでありがとうございました~。
深川再探索されたのですね。
またもや素晴らしいナビさんとの散策、いいな~。

深川と言えば・・・
真っ先に「深川めし」の私です。
間宮林蔵も名前と海峡ぐらいしか。。(汗)
芭蕉はそうでしたね、確か旅立ちも春の頃では??
富士山がここから見えていたとも思います。
変わっちゃったものですね、今はビル。。
芭蕉先生もたまげてますね。(かたまってる。失礼っ)
ワンコとライン下り?へ~これまたびっくり。
知らない東京がたくさんありますね、
飛行機ダメでも歩く世界も無限ですね~♪

2008/01/28(月) 08:29:32 | URL | naoko #0FtB7ubA[ 編集]
こんにちは。
深川の2つの大作を続けて読ませていただきました。本当にこころさんって文書がお上手ですね。
私は文を書くのは苦手ですし、あまり好きではないので、ブログも殆ど写真で誤魔化しております(笑
本当に読んでいると行きたくなります。
深川には何度か行ってますか、殆ど横切る事が多くて、ここまで深く見たことが無いです。
私の場合、コース選択の参考としているのが、昭文社から出ている「東京山手・下町散歩 3版」です。
これって、本当に歩く人にはとっても役立つ本ですので、機会があったら、本屋で見てみてください。
2008/01/28(月) 09:59:01 | URL | 君平 #3/VKSDZ2[ 編集]
間宮林蔵や芭蕉の隠密説、ホントのような気がします。というよりほぼ私は信じてます。ところで芭蕉の像は廻転するそうですが~ 水上バスのガイドさんが言ってました。お台場から浅草まで真冬に乗った事があります。雪の隅田川も素敵でしたよ。お試しあれ!
2008/01/28(月) 15:09:54 | URL | ナンシー #-[ 編集]
歴史にとても疎いわたし....
とても勉強になります。

こころさんのようにたくさんの知識をお持ちだと、散策にも重みがありますね~。
私だったら、きっと、「ただ歩いてるだけ~」になってしまいそう~(苦笑)

こころさん、はとバスのガイドさんより詳しいのでは?
こころさんのガイドツアーに参加したいよ~ん!

んんん、わんこクルーズですって!
犬ばかとしては見逃せないわ!!!
2008/01/28(月) 17:05:43 | URL | ココ #0p.X0ixo[ 編集]
博学ですね
この辺りは、ネット仲間と散策した事があります。
シーボルトと間宮林蔵との因縁知らなかった。
こころさん、博学ですね。
2008/01/28(月) 21:52:39 | URL | あだっちゃん #1K815FCc[ 編集]
☆おへんじ☆
v-276naokoさんへv-276

naokoさん、こんばんは。
「深川めしのモト」たっくさん売ってましたよ~(笑)

おっしゃるとおり富士山が見えたそうで、歌川(安藤)広重の『江戸名所百景』にも「亀は万年」の言葉から、手前に大きく亀、奥に富士山を描いた萬年橋の絵が残されているそうです。

芭蕉先生もびっくりの変貌なのでしょうね~~~。

2008/01/29(火) 20:29:50 | URL | こころ⇒naokoさん #sSHoJftA[ 編集]
☆おへんじ☆
v-276君平さんへv-276

君平さん、こんばんは。
お褒め頂いて恥ずかしくもありがたく思います。
しかし、どうも私は文は説明調すぎていていまひと~つ・・・という家庭内評論家もいまして・・・(笑)
まだまだ文章修業です。
君平さんのお話はいつも上手でこちらこそ参考にさせていただいております。

さてさて、奇しくも萬年橋を渡ったところに、君平さんご推奨のガイドブックの出版社!昭文社のビルがあったのです。
「あーー、地図の昭文社だーー」
と。ちょつとおもしろい建物だったので、パチリとしたのですが、ど真ん中に電信柱が入ってしまったし、昭文社見てハイになっている私をお見せするのもなんだかなー・・・と思ったので写真はボツになったのですが、君平さんからいただいたコメント見て、ありゃ、昭文社の写真!惜しいことした~~と思いました。

今、散歩本ってたくさん出ていますね。
私もいろいろと手にとって見ています。君平さんオススメのもまたじっくり見てみようと思います。
2008/01/29(火) 20:36:50 | URL | こころ⇒君平さん #sSHoJftA[ 編集]
☆おへんじ☆
v-276ナンシーさんへv-276

ナンシーさん、こんばんは。

そうですか!!芭蕉先生は動くのですか?
夫もそんなことを言っていたのですが、自動で?手動(笑)で??
結構大きな像だったので、湊稲荷神社の狛犬・・ってわけにはいかないだろうと思い、像には触りませんでした。
直前まで大挙して押し寄せていたおばちゃま軍団も消えて私だけになると、ひとりで像をさわっているのも・・・(爆)

自分で動かすならそれもありですが、もし、自動で動くのだったらひとりであの公園にいるときに動いたらこわいなー・・・。

間宮林蔵隠密説は今回いろいろと見て初めて知った私です。
なんてったって小学生向け理由で納得していましたから・・・。
歴史って奥が深いですね~。

隅田川下り、行きたいナー。
2008/01/29(火) 20:43:43 | URL | こころ⇒ナンシーさん #sSHoJftA[ 編集]
☆おへんじ☆
v-276ココさんへv-276

ココさん、こんばんは。
ワンコクルーズ、楽しそうだったよ。
ぜひぜひむぅたん連れで出かけてみてね。
その際はご一緒させていただきますよ~~。

私もよく知らないことが多いので、調べ調べ進めています。
自分で知らなかったことを知るのは楽しいです。
実際、今まで思っていたことと違うことが現れたりするとびっくりします。
学生時代の授業より一生懸命調べ学習しているかも(笑)。


2008/01/29(火) 20:47:31 | URL | こころ⇒ココさん #sSHoJftA[ 編集]
☆おへんじ☆
v-276あだっちゃんへv-276

あだっちゃん、こんばんは。
私が歩いていたときも、散策の方がたくさんいらっしゃいました。
みなさん手に手にカメラをお持ちで・・・。
ご熱心に撮影されておいででした。
私のコンデジはちいさ~~~くみえました。
みなさん立派なカメラなので・・・。
2008/01/29(火) 20:50:49 | URL | こころ⇒あだっちゃん #sSHoJftA[ 編集]
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