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小江戸散策
2009年01月31日 (土) | 編集 |
小江戸川越七福神めぐりを終え、立ち寄った川越の街々を紹介します。

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あまりによいお天気で目が痛いくらい。
写真もウデ不足のためしろっぽくなったり何だりといやはや・・・。
それにしても川越の街はたくさんの人と車で溢れていました。

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あ・・・この建物はお友達も写しておられました。

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人力車もたくさん走っていました。時の鐘の前でぱちりと記念撮影したり・・・。
これは黄金の人力車~~(笑)。少年はひかせてもらっていました。
乗っているのはお母さん。楽しそうに笑っていました。


さて、川越といえば、昭和のにおい漂う菓子屋横丁や蔵造りの街並みなどが有名ですね。
そこは大大混雑。おまけに七福神めぐりの後半2日目は1月3日で、喜多院のだるま市の日でますます大混雑。
その混雑を尻目に夫が訪れたいと切望していたのが・・・

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ええ・・・っと、川越城址でした


川越城は、扇谷上杉持朝(もちとも)が、古河公方足利成氏(しげうじ)に対抗するため、長禄元年(1457)に家臣の太田道真(資清)・道灌(資長)父子に命じて築城したものです。
当初の規模は、後の本丸・二の丸を合わせた程度と推定されています。
やがて川越城は、天文6年(1537)後北条氏の占拠するところとなりましたが、同15年(1546)川越城の奪回を図った上杉氏は後北条氏の奇襲に会い、大敗して群馬に逃れ、それ以後、後北条氏の支配が決定的となりました。
川越城を掌中に収めた後北条氏は、周辺の旧上杉氏所領を直轄領に組み込むとともに、城代として譜代の重臣大道寺氏を配置しました。
天正18年(1590)、豊臣秀吉の関東攻略に際し、川越城は前田利家に攻められて落城しました。
やがて同年8月徳川家康が一族家臣を従えて関東に移るにおよび、重臣を重要な地に配して領国の安定を図りました。
川越には酒井重忠が1万石をもって封じられ、ここに川越藩の基礎が成立しました。
寛永16年(1639)、川越藩主となった松平信綱は川越城の拡張・整備を行い、近世城郭の形態を整えることとなりました。本丸、二の丸、三の丸等の各曲輪、三つの櫓、十二の門よりなり、総坪数は堀と土塁を除いて4万6千坪となりました。(参:川越市立博物館)



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ここは「富士見櫓跡」

現在は櫓もなく、小高い山になっているだけですが、川越城があった頃は、城の中央には太鼓櫓、東北の隅に虎櫓、本城の北に菱櫓、南西に富士見櫓の四つの櫓があったということです。

高台にあった富士見櫓が天守閣の代わりで、敵からの攻撃や侵入を見張っていたのだそうです。
川越城本丸御殿の中に川越城富士見櫓模型が展示されている・・・そうなのですが(後述)。

富士見というからには、当時は富士山も見えていたのでしょうが、現在は見ることができません。
山頂には御嶽神社が祀られています。


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富士見櫓とほぼ同じ場所にある田曲輪門跡の石碑
失礼ながら荒れた小山のふもとという感じでした。
城址というより、住宅街の真ん中・・・です。
もち、私たち以外見学者はいません。
さみしー。マイナーーー。

「おお、マイナーこそわが人生っっ」
と夫が叫んだかどうか?



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本丸御殿は、1848年、藩主松平斉典(まつだいらなりつね)が造営したもので、川越城唯一の遺構です。
元々本丸御殿は、総建坪1,025坪もありましたが、明治維新後の歴史の波の中で次第に解体されていきました。現存しているのは、玄関、大広間と、移築復元された家老詰所のみとなっています。

その内部は見学できるはず・・・・でした。
しかし、外にはフェンスが張り巡らされ、そこにはこう書いてありました。


本丸御殿は、平成20年10月21日より
保存修理のため
平成23年3月(予定)まで休館いたします。


ぐああああぁぁぁぁん。
ここまできて残念。平成23年までとは、エラく先のハナシです。
でもしょうがないね。修理が終わって再オープンしたときにまた訪ねることにしましょう。


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川越城七不思議の碑
川越城には不思議な言い伝えが「川越城の七不思議」と言われ残っているそうです

七つのうちいくつか紹介します。

初かりの杉(はつかりのすぎ)
川越城内にある三芳野神社の裏には大きな杉の老木がありました。
いつの頃からか、毎年北のほうから初雁が、少しも時を違えず飛んできて、そして、いつもその杉の真上まで来るとガアガアと三声鳴きながら、杉の回りを三度回って、南を指して飛び去りました。
この言い伝えから、川越城は初雁城といわれています。
また、太田道灌がこの杉のこずえに旗を立てたということから、旗立の杉ともいうそうです。  

霧吹きの井戸(きりふきのいど)
川越市立博物館に古い井戸が残されていて、これを霧吹きの井戸といいます。
昔、川越城は、たびたび戦の行われた場所でした。いつもは井戸にふたをしていますが敵が攻めて来て、城が危ないという時には井戸のふたを取ります。すると井戸の中より霧が吹きだし、あたり一面にたちこめ、城の回りを濃霧が包んで城を隠してしまったといいます。敵が仕方なく引き上げてしまった後は、またもとのように眺めの良い城になったといわれています。
こうしたことから川越城のことを「霧隠城(きりかくれじょう)」とも呼びました。

調べると詳しく書かれているのですが、随分かわいそーーなお話が多いです。
伝説ってこういうものでしょうか。


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初雁の杉伝説の三芳野神社境内にある「わらべうた発祥の所」の碑

この神社の参道が「天神さまの細道」で、 童謡「通りゃんせ」の歌詞は ここから出た と言われています。
三芳野神社は、川越城の鎮守として城内に再建されたもので、 天神さまにお参りするには城に入らなければなりませんでした。
「通りゃんせ」の歌詞には、 7つの子供のお札納めを理由に城門を通してもらったととされています。

また、一説によると、 この唄は、 関所通行の唄だったといいます。関所では手形がないと通れない規則でしたが、 緊急事態で、手形を受ける時間がない場合、 関所の役人に頼み込むと、「駄目だ。今来た方へ帰れ。」と言いながらも通してくれました。しかし 用事が終わって帰ろうとするときにはもうこの手は使えず、大いに困って「行きはよいよい帰りはこわい」となった ・・・・とか。ほほーーー。


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本丸御殿が見れず、がくっ・・・としたところに風がぴゅーーっと吹き込んできました。
空は高く青いものの風はなかなかの冷たさです。

本丸御殿の隣の川越市立博物館の隣で(ややこしや~~~)その名も「道灌まんじゅう」発見。
おまんじゅう屋さんです。
あたたかいおだんごも見えました。
ここらでちょっと腹ごしらえを・・・と、入ってみました。


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道灌まんじゅうは撮影する前に胃袋の中へ。おいしいおまんじゅうでした。

「七重八重」
道灌の「山吹伝説」から付けられた名前でしょう。
太田道灌といえばやはりこの逸話。私もその印象が強いです。私が思っていた道灌は、国語(古典)に出てくる人物で、社会科(歴史)に出てくる人物(築城の名手)ではなかったんですよね~(それはあとから知りました
きれいな名前のお菓子ですね。

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川越市役所前の太田道灌像
日暮里に続き、こちらでもお会いすることができました。

太田道灌は、築城の名手といわれたり、百戦百勝の戦上手といわれたり、また、当代屈指の歌人といわれたり、 才能豊かな武将だったようですね。


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市役所前にある大手門碑
道灌像の近くにありました。

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またまた川越の街中に戻ると、獅子舞やちんどん屋さんが。
お正月らしい感じでした。

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お菓子の街 川越での〆は、まねき猫ちゃんチョコ
小江戸でのたのしい散策でした

コメント
この記事へのコメント
ご主人が「川越城址に行きたい!」と仰った気持ち分かる気がします。
私も「城址」と聞くとワクワクします。
行ってみると当然のごとく何もないのですが、
その昔、ここで兵どもが夢を追っかけていたと思うと、
なんかいい気分になります。
ある種のパワースポットなのかもしれませんね・・・・

お~、最後はやっぱり猫ちゃんなんですねえ・・・・
2009/01/31(土) 22:00:23 | URL | tomato #EQo.g1g.[ 編集]
まぁまぁ、ご丁寧にお饅頭など・・・(笑)
こんばんは~
見慣れた川越の風景がいっぱいで嬉しくなります。
が、こころさんの川越、一味違いますね。
美味しい~ (笑)  

えへへ じゃなかった、太田道灌や川越城址にフムフム(あ、これはハワイじゃなく)・・・してます。
道灌さんは日暮里や有楽町国際フォーラムでお会いしたけど、こちらにもね。
そして、やはり、私は七重八重に釘付けでした~
お芋さんのお菓子も川越らしいけど、、次回はこれゲットしてきます!
2009/02/01(日) 00:24:41 | URL | naoko #0FtB7ubA[ 編集]
☆おへんじ☆
v-276tomatoさんへv-276

tomatoさん、おはようございます。

tomatoさんも城址を以前訪ねておられましたよね。

川越城址に着いたとき、
「おおっー、いいなあーー」
と夫は感動に打ち震えていました。
城址探索は男性のロマン・・・でしょうか。

ここから富士山がみえたのかー・・・と私は何だか妙な
ところで感激していました。

まねきねこチョコは、実は単なる白いボールチョコです(笑)
袋に猫の模様が描いてあるのですが、よくできています
よね。思わずお買い求めしちゃいました~~~。
2009/02/01(日) 09:34:42 | URL | こころ⇒tomatoさん #sSHoJftA[ 編集]
☆おへんじ☆
v-276naokoさんへv-276

naokoさん、おはようございます。

レトロなみどりのお屋根の銀行?
あの建物はnaokoさんも写しておいでだったなあ~と思い
ながら撮りました。
すごくよいお天気で、液晶もファインダーもよく見えない
ような感じでした。
白っぽくなった写真が多く、ムズカシーと思ったのでした。

寒風の中食べる道灌まんじゅうはおいしかったですv-369
七重八重ってすてきな名前のお菓子ですよね。
いかにも道灌・・・という感じで。
お店のかたにお願いして写真を撮らせていただきましたが、
これまたすばらしいお天気のためにガラスの反射がすごっ・・
よーやく撮れた一枚でした。
いろいろ反射してせっかくのお菓子があまりよく見えなく
なっちゃいました。またお勉強します。

こちらのお店にはおてきな和菓子がたくさんありました。
そうそう、お芋のお菓子もたくさんありました。
naokoのためにもっとたーんと写してこなきゃーね。
気が利きませんで(爆)
2009/02/01(日) 09:44:41 | URL | こころ⇒naokoさん #sSHoJftA[ 編集]
空が青い
こころさんのお正月散策見せてもらいましたよー
あやーーいいわーお天気が良くてぇ。
光が眩しいくらいだもの。その天気分けて欲しい。
それに比べ、このどよーんとした空といったらありません。

小江戸川越七福神、一緒に回らせてもらいました。
福がたくさんやってきそうです。
2009/02/01(日) 10:00:30 | URL | 千姫 #-[ 編集]
☆おへんじ☆
v-276千姫さんへv-276

千姫さん、こんにちは。

ほんとうによいお天気。雲ひとつ無い・・・つてこういうことを
さすんだ!と思ったくらいでしたから。
普段、光量の少ない地域(苦笑)に居るので、目がつらい
つらい・・・・モグラさんの気分。

そんな中での七福神、たのしくまわることができました。
千姫さんにもみなさんにも福がたくさん来ますように。

2009/02/01(日) 15:04:11 | URL | こころ⇒千姫さん #sSHoJftA[ 編集]
ひゃー!
近所の川越だ!(近所っても、駅で数個離れてますが)
国道沿いを歩くと、クルマが多いんですよね。静かじゃないです。
川越大師には初詣に行きますし、城跡も行ったような記憶が…(おいおい)
NHKの新作朝ドラが川越が舞台なので、収録も来たことあるみたいですね。見てみたいけど、土日じゃないと行けないし、出遭わないかなあ…。
2009/02/15(日) 15:53:05 | URL | ボー #0M.lfYJ.[ 編集]
☆おへんじ☆
e-291ボーさんへe-291

ボーさん、こんばんは。

お近くに出没してしまいました(笑)。
川越は観光都市って感じですね(前からそうかもしれませんが)
どこからこーんなに人が集まってくるの~という感じで夕方まで
わらわらと賑やかでした。お正月だからなおさらそうだったので
しょうか。
朝ドラ、次の作品なんですね。
私、昨年(H20)の前半に放映されたものとカン違いしていて、
「終わったのに盛り上がってるなー」なんて最初思っていました。
あとで、これからなんだと知りました。とほほん。

複数路線の駅があってアクセス良いと思いました。
気軽にお出かけを楽しめる街ですね。
2009/02/15(日) 18:31:40 | URL | こころ⇒ボーさん #sSHoJftA[ 編集]
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